おはようございます。
丹原本店で迎える土曜日の朝。
165回目のコラム。よろしくお願いします。
4月20日に開店したひなのや丹原本店。
そう、本稿で開店について触れるのは実は今回が初めて。
普通、オープン初日やその直後あたりにタイムリーに触れる話題ですよね。
ですので、当然何度かはタイムリーに書かねば!と思ってはいたんです。
いたのですが、テーマが新店のオープン、ましてや本店のオープンですからね、
「ちょっとええこと書かんとイカンぞ、おい。」
という持前のええかっこしい性分が発動しておりました関係で、
今の今まで先送りしてしまいました。
ということで、おかげさまで丹原本店、無事開店しております。
(開店して、ひと月強経過しました。)
丹原本店には、実は愛称があります。愛称というか正式名称?
正式名称「 ひなのや 丹原本店|耕 」
(ひなのや たんばらほんてん たがやす と読みます。)
ロゴマークはこちら。画像2枚目ご参照ください。
一見、普通に丹原本店だけでええやん、と思われる方もいると思います。
実際、ぼく自身そう思ったことも全然あります。
でも、
「何のために丹原で店を再開させたのか」
「丹原の地からどんなメッセージを届けていきたいのか」
そんなことをよくよくよくよく考えていくほどに、
ただ、「本店」と銘打つだけではいけない、ちゃんと伝える名づけをしないといけないな、
と思うようになり、いつも伴走してくれているデザイナーチームや、
今回の改修工事で関わってくれた建築家チームと一緒に頭をうんうん悩ませました。
そしてたどり着いた言葉が「耕」(たがやす)です。
ひなのやは僕が田んぼを耕してお米を作り始めたことがきっかけで生まれました。
ポン菓子はこの地においては、婚礼引菓子として土地に根付いている側面もあり、
また、ウチのやりかたというか事業の進め方、成長スピードなんかも、
まさに土地を耕しながら少しずつ根付き、大きく成長していくような、
そんな生き様(などというと大げさですがww)を一言で表しているような言葉として、
「耕」と銘打ちました。
願わくば、ひなのやに関わる人たちが、それぞれの人生を耕していくことの
一助になったり、何かのきっかけになれたらいいな、そんな淡い希望も込めての「耕」でもあります。
こんな話を友人にしていたら、「耕」に関する面白いコラムを紹介してくれました。
「耕すことの本質とは?」と題された農業関係の書籍に掲載されたコラムです。
一部抜粋してご紹介します。
—
通常、耕すことで得られる効果といえば土を撹拌して空気を入れることで、
土中の養分が放出されること。あと、程よく土をほぐすことで植物の根はりをよくすること。
だいたいこの辺りのことは通常広く認識されているところ。
ここで、ちょっと別の視点で「耕す」ことを捉えてみます。
まず、「耕さない状態」を想像してみてください。あくまで自然な状態。
人の手が入らないと草が生えて木が生えて物理的にも化学的にも生物的にも安定した状態が保たれます。
平和的、と表現してもいいかもしれません。
では次に「耕したとき」のことを想像してください。
物理的にも化学的にも生物的にも安定した状態を、一気に混ぜて壊す。
文字通りの天変地異を引き起こして、そこにあった平和は消え去り、
まさに土の中はまさに混沌。
それまで、そこにあった常識は消え去り、固定観念も消え去り、世界が変わります。
—
えーっとですね、
ひなのや丹原本店|耕、決して丹原の平和を乱したいとか、
天変地異を引き起こして混沌をもたらしたい、というわけではございません。
(くれぐれも誤解されませぬよう)
ただ、「世界が変わる」というワードには惹きつけられるところがある。
総じて、田舎は変化がすくない。
かつてはそれが嫌だった。いまはさほどでもない。
でも、この町の現在を観察し未来を想像するときに、
この町らしい新陳代謝は絶対必要。そこは強くそう思う。
さてさて、耕(たがやす)という言葉を冠に掲げたひなのや丹原本店。
これからどんな風に耕していけるかな。ちょっとわくわくしています。
みなさんと一緒に、耕しの営みを楽しんでいけたらいいなと思います。
そういや、最近早起きして、耕作放棄地耕したりもしてるんですよね。
やたらと楽しそうな顔してて、わりと我ながらウケました。