夏至が過ぎました。
今年も残り半分。季節をまたいで最初の日曜日。
135回目の小咄、よろしくお願いします。
今朝の愛媛新聞に、大竹伸朗さんのインタビュー記事が載っていました。
現在県立美術館で開催されている個展に合わせての連載記事。
129回目の小咄で、
「個展見に行ったけど良さがぜんぜん分かりませんでしたー」みたいな事を書きましたが(*)、
(*)大竹作品へのネガティブな話ではなくて、僕自身の感受性の鈍さ?への自省的意味合いで。
大竹さんの言葉(今朝のインタビュー記事)はすんなり腑に落ちました。
落ちるというより染みわたる、救われたような気持ちになりました。
インタビュー記事をそのまま転載するのは不適当な気もしますが、
シェアしたいと思ったので、原文そのまま、一部書き記します。
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「アートを作ろう」という意識はない。
作ることで、自分が生まれてきた世界を分かろうとしているんだと思う。
作品は疑問の「結果」。疑問が浮かび好奇心が湧いては作り、いいものができたと思えば終わり。
すると、また次の疑問が生まれる。作品が次から次にできるのは疑問が絶えないからだと思う。
一生続けても分からないということは、ある。
これはある意味、ものすごく利己的な世界で、人には何をやっているか分からない。
でも人のことを考え価値観を合わせだすと、自分の中ではアートじゃない。
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僕はポン菓子屋なので、無論アートを作っている訳ではありませんが、
常日頃、大なり小なりの迷いを抱えながらも、
まがりなりにもモノをつくることを生業にしている者として、
一つの救いが得られたような気持ちになりました。
個展を見に行ったときは、わりとポカーンな感じだったけど、
すこし時間を置いてインタビュー記事を読むことができ、
(これも個展に行ったからこそ読んだんだと思う)
大竹作品の思想に触れることができてよかった。だいぶん時間差ではありますけれど笑。
その場に行って、その場ですぐに成果を得られたとかそうでなかったとか、
そういう感覚はちょっと生き急いでたかも知れない。焦りかな。
日曜の朝に、アートな時間を持ててよかった。うん、実にいいね。
また時間見つけて美術館に足を運ぼう~