浅草に来ております。
161回目の小咄は東京にて。どうぞよろしくお願いします。
手紙社さん主催の「紙博in東京vol.8」。
東京開催については、vol.6から3回続けて出店させて頂いております。
お客さんの紙博に対する熱気がどんどん増しているためでしょうか。
回を追うごとに、開場時間が早まっているような気がします。
今回は、予定9時に対して40分前倒しの8時20分開場でした。
朝礼は8時から。小学校のホームルームくらいのノリですね。
紙博の朝は早い。そして東京の朝も早い、といつも思います。
コーヒースタンドとかパン屋さんとか、わりと7時くらいから普通に開いてますもんね。
地元丹原だと朝開いてるお店なんてほぼないもんね。
この辺はやっぱり働き方とか、生活者のライフスタイルの違いによるものなのかな。
昔ほどではないけれど、地元だと家族構成だったり働く場所や就業時間なんかが、
おしなべて似通ってるところがありますよね。
ホントざっくりもいいとこですが、
丹原あたりの就業先って、沿岸部の工業地帯/公務員/農家、
この3つくらいに分類できそうな気がしますもんね。
実に実に乱暴な仕訳ではあるけれど。
そして、その3つの隙間を縫うように商店主(我々)が存在しているような感じ。
だから子どもの頃に薄々と感じていた町の閉塞感や物足りさななんかは、
こうしたある種の働き方の画一性に起因していたのかなー、なんて。
さいきんは農村部の働き方なんかも半農半✕(エックス)なんかが勧められたりしてるし、
会社に勤めていても副業が認められたり、オンライン環境の発達でどこにいても、
どこででも働けるようになったりもしてますからね、
地方でもだいぶん「抜け感」はやり方次第で何とかなるような時代にはなってきたやに思います。
でも、どうしても町を形作る町並みというものは、
なかなかオンライン環境のように常にリフレッシュを繰り返し活性化していかないんですよね。
「リアル」に場所やモノを作ってアクティブを維持するのはなかなかにハードルが高い。
だからいつまで経っても丹原町には、
朝7時から開いてる気の利いたカフェなんかはできないんだろうなぁ。
(あくまで比喩としての7amカフェですけどね)
これ、田舎のないものねだりを言ってるわけではなくて、
純粋に生活者目線で「やっぱり町はアクティブな方が楽しいよね」という話です。
別に、丹原に都会みたいな町並みが欲しいわけではない。
「丹原なりの、アクティブな町並み」
来月から丹原でお店を再開させるからか、この辺の話題を強く意識する時間が増えています。
浅草はよそ者がたくさん集まる観光地でもあり、
と同時に、昔からの生活者が地場の営み(産業)を連綿とつないでいる町でもある。
訪れるほどに、その面白みが染みてきている気がします。
何かしらのヒントを得て、これからの丹原地場のアクティビティに活かしていきたい、
そんな風に感じています。