2020年10月30日

    続・まちについて

    27歳で会社を辞めて、実家に戻ることになった時に上司に言われた言葉。
    「帰れる場所がある奴はええなぁ」

    その時は、単に「嫌味言われちゃったな~」くらいにしか思ってなかったのですが、
    いま振り返ると「この町がぼくのふるさとです」と言える町があることは、
    とてもありがたく恵まれたことなんだなぁと思います。

    ウチはご存じのように、
    その土地の資源やら歴史的背景やら人々の営みやらに頼りながらお商売をさせて頂いていますので、
    「帰れるまちがあったこと。そしてそのまちの資源で日々の糧を得られていること」、
    ただただ「まち」の恩恵に与かる日々です。

    そんな、この「まち」もご多分に漏れず、かつてのような人通りはなく、
    人の流れは外部資本の郊外店やネットの世界に流れています。
    日曜の午後の駅前通りなんて、
    「本当に吹き抜ける風が見えるんじゃないか?」と錯覚するくらいに閑散としているときもあります。
    それについて「さみしいか?残念か?」と問われれば、
    もちろん、「いいね!」と思う状況ではないですが、
    これもまた時代の流れで仕方のないことだと思っています。
    時代が変われば雰囲気も変わるし、人も変わる、まちも変わる。
    時代の流れは止められないし、それに真正面から抗うほどの気力も体力もありません。

    でも、時代に流されるにしても、ただただ流されて「漂流」はしたくない。
    ただ流され漂流しながら衰退していくような「まち」は全然魅力ない。
    これは本当に残念なことです。
    だから、文字通り水泡に帰すだけかも知れないけれど、
    せめて泳ぎたい方向に向かってバタ足したい(だれかビート板貸してくれませんかね)。

    そんな水泡を可能な限り世界の多くの人に知ってもらうことが、
    「ここになかなかええまちがありますよ!」というアピールになって、
    ひなのやがまちに恩返しできる唯一の方法かなぁと思いながら、
    今日もお店のシャッターを開けています。

    世の中はそろそろ受験シーズンですね。
    来春にはこのまちで育った子どもたちが巣立っていくわけですが、
    その子たちが将来、いろいろあって田舎に帰ってくることになった時にも
    いつも通りシャッターを開けていたいですね。

    まぁ、まずはしっかり受験頑張れ。