2020年11月20日

    世界に通用するとか、しないとか。(その1)

    他人から聞いたハナシなのですが、
    とある会社で今年のお歳暮を地元のええものセレクションで送ろう!
    ということになったそうで、担当の方ががんばって地元のええものを集め、
    さっそく役員さんに提案したところ「そんな世界に通用せんようなもんはダメだ」と言われ、
    結局ボツになってしまったんだそうです。
    まぁどのような基準での「世界に通用しない」なのかも定かでありませんし、
    そもそも贈り物って、その贈り主の意図や、贈る相手の趣味嗜好によってセレクトは変わってきますから、
    まぁ今回の案件は詰まるところ、単に相性がよくなかっただけなんだと思います。
    企画が悪いわけでもないし、担当の方や役員の方が悪いわけでもない。
    でも個人的には結構印象に残った話題でして、「世界に通用するってどういうこと?」と
    改めて考える良い機会になりました。だって、通用しないよりはしたい、と思っているので。
    ということで、
    まず、単純に日本を飛び出して外国で流通してれば、「世界に通用した!」なのか?
    う~ん…、そんな安直なもんではない気がする。
    向け地や商材にも依りますが、輸出障壁はそこまで高くないし、
    通用するかしないかを担保する基準ではないと思う。
    じゃあ、ハイエンドに愛されるかどうか、とか?
    わかりやすい例だと星付きレストランのシェフ絶賛!とかNY5番街のブティックで取り扱われている!とか。
    これはまぁ、「世界に通用する、しない」の一つの指標といっても差し支えないと思います。
    僕たち消費者自身も、そういったブランドに対しては「ブレない確固たる指標としての役割」を
    期待しているところもありますしね。でも、あくまでも一つの指標に過ぎないです。
    30年前のバブル時代とかだったら「それこそが唯一無二の正しい指標!」
    みたいな雰囲気が支配的だったかも知れませんが、
    地方回帰とかミニマリズムとかニューノーマルが浸透し始めてしている2020年においては、
    少し古臭さすら感じてしまう指標ですよね。
    インターネットを介することで、世界がとっても近くなり、
    いつでもどこでも誰にでもアクセスできてしまうこの時代においては、
    かつての「エリア」とか「階層」というわかりやすい次元でモノの価値を測ることが
    本当に難しくなってきていると思います。
    モノを作るときには、まず設計図が必要です。
    その設計図を支える不可欠な要素は物差し(測ること)です。
    物差しは自分たちがモノを作る際に必要ですが、
    お届けする相手(お客様)の志向や距離感を測る際にも必要です。
    その物差しの尺度が、昔に比べてものすごーく細分化されてきるし、ふんわりしてきたように感じます。
    「旧来の尺度に縛られなくてもいい」というメリットもある反面、
    その自由度の高まりをうまく尺度化していかないといけないし、
    いまやっている仕事はその尺度を作るためにやっている、といっても過言ではないかも知れません。
    この辺、もう少し自分自身も考えを重ねてみたいので、
    また来週もこの話題で行きたいと思います。
    巷間、コロナが急速に再燃してきましたね。
    明日からの三連休、お互いくれぐれも自己防衛に努めましょうね。