
ふふふふふ。
とりあえず苦笑いからはじめよう。
コラムの更新、3カ月近くサボっちまったぜい。
まあ、それもまた良し!とするところからのリスタート。
173回目のコラム、よろしくお願いします。
先週、松山城の城山公園で開催された「ライドオン市」に参加しました。
愛媛県の自転車文化推進協議会とかいう、
自転車のススメをがんばっている団体が主催されてる自転車イベント。
だから、タイトルはライドオン。でもぼくら出店者は自転車に親しむかどうかよりも
ノリや生き様が「ライドオン」しているかどうかで(おそらく)選ばれた事業者の面々。
お世話下さったやの家さんのセンスと人望にはいつも脱帽です。
さて、久しぶりの松山。
そういうことでライドオンな松山の事業者仲間の面々と久しぶりに会えました。
全体的に、天候にも恵まれましたし、「わー、久しぶり!元気?」みたいな、
通り一遍の会話すら楽しく、穏やかな気持ちで過ごすができました。
そんな会話の中で、やっぱりね、というか、
SNSで動向とかフォローしてるから、「さいきん書いてないねぇ」的なことも
言われるわけですよ。まぁね、見てくれてるだけありがたいこと。
なかには「サボってますね、ぷんぷん!」みたいな激励をくれたりした女の子もいたりして、
なんだか出来の悪い生徒が先生に怒られてるみたいな心境になりまして、
(「またハンカチ忘れてきたの、たまい君ダメよ、しっかり!」みたいな)
おおお、ハンカチくらいはちゃんと携行できる大人になろう、と心新たに再開させた次第です。
そう、本稿を書くくらいのことは、ハンカチを忘れずに持ち歩くくらいのもんなんです。
(いま、東京出張で早めに着いた松山空港のロビーで書いてます。ハンカチ、忘れた。。)
羽田についたら、またどこかのショップでハンカチ買うんだろうな、今回も。
そんなこんなでハンカチだけは増えていく。うーむ。(しばし、遠くをみつめる)
空港は見晴らしがいいから、遠くを見つめやすくていいね。
そんなこんなで一泊二日の東京出張、行ってきます。
テレビをオンタイムで見なくなって久しい。
新聞は取ってるからテレビ欄とか毎日手元にはあるんだけどこちらもわりと見ない。
したがって、あー見たかったなという番組を見逃すことも多い。
昨晩は天空の城ラピュタ放映だったらしい。インスタとかでバルス投稿を散見。
夏休みの最後の週末は、ほぼ必ずジブリなのかな。
172回目のコラム、よろしくお願いします。
よろしくお願いします、とは言ったものの、
さて何を書くか。
いまは、丹原本店におります。時刻は午後4時20分過ぎ。
土曜日の営業を終えて、ひとりパタパタとPCをたたいております。
昨日までは台風10号襲来ということで、
お店は臨時休業にして自宅でコソコソ内勤しておりました。
台風ね、愛媛に関してはほとんど被害というかそういうのもなかったみたいで一安心です。
丹原本店の前庭にある、わりと立派な木立が万が一にも倒木なんかしたらどうしよう?
なんて、ひと通り悪いイメージも頭に浮かべてみたりしてました。
今年はCREW TAMBARAの活動で農家さんと例年よりも近しい距離感で仕事していることもあり、
台風被害とかほんと勘弁してほしいなぁ~と思いました。
文字通りの丹精の仕事(作物)がひと晩のひと吹きでダメになっちゃうとか、
ちょっとほんとにいたたまれないね。農業という仕事のシビアな一面。
しかし、あれですね。
近しい人が増えるほどに、こういう心配事も増えるけど、楽しいとかうれしいとか、
美味しい!なんかも増えますね。万事、ひとりには限界があるね。当然だけど。
来週は、紙博東京出店で浅草です。
浅草、何度目だろう。今回も楽しみです。
今回は終始ひとりごとでおしまい。そろそろレジ〆して帰宅します。
今週もお疲れさまでした!
昨晩は自治会青年部の夏の打ち上げのような集まりがありました。
年に何回かこうした自治会青年部の行事がありますが、
参加するたびに、「青年」の定義についてしばし思いを巡らしてしまいます。
171回目のコラム、よろしくお願いいたします。
ちなみに、いま「青年」について調べてみたら、
青年心理学では25~26歳を青年期の終わりとしているそうです。
なるほど、気持ちが25~6歳であれば「青年部」なんとか成立する模様。納得です。
さて。
来月のハナシですが、
9/20-23の四日間、東京青山で開催される「青山星灯篭」という地域の催しに参加させて頂きます。
会期中の21日のみのワンデイ参加ですが、小型のポン菓子機を持ち込ませて頂き、
ポン菓子ボカン!な実演イベントをやる予定です。
「青山星灯篭」は、江戸時代から明治時代初期頃まで、青山・百人町周辺にて、
旧暦7月に一ヶ月間行われていたお盆の時期の地域行事なんだそうです。
長い竹竿の先に赤い提灯をつけて高く掲げて町の通りを飾り、
夜にはまるでたくさんの星が出ているように見えたところから「星灯篭」と呼ばれ、
二代歌川広重の浮世絵にも描かれたりしています。
2017年に、青山界隈に住まわれていたりお仕事をされている有志の方たちによって、
約150年振りに再興され、年々掲げる星灯篭の数も増えているそうです。
「この青山星灯篭を甦らせることで、逝きし人や土地の記憶に思いを馳せ、
青山らしい暮らしとは何かを見つめ直すきっかけになればと考えています。」
との実行委員会談。
青山とか表参道といえば、ハイエンドなブランドショップやおしゃれなカフェ、
常に最先端にアップロードされ続ける流行の発信地というイメージ。
およそ「その土地に根付く”青山らしい”生活」という観点でみたことはなかったです。
少し青山の歴史を紐解くと、
いまのようなファッションや流行の街になったのは、高度成長期に入ってから。
面白かったので少し書き記しますが、
1960年代にアイビーファッションで一世風靡したVANヂャケットのデザイナー、
石津謙介氏がVAN本社を青山に移したのがきっかけ。
石津氏の「流行は高いところから低いところへながれる」という思想の元、
渋谷や原宿よりも土地が一段高い、青山が選ばれたそうです。
その後、コシノジュンコやイッセイミヤケといった後の世界的ファッションブランドの出店が続き、
70年代にはコムデギャルソン、プラダ、ラフォーレ原宿、
80年代にはヨージヤマモト、アニエスベー、ラルフローレン、スパイラルなどなど、
ざっとひと世代、25年くらいの時間の中で急速に「ファッションの街」へと変貌を遂げていきました。
ではそれ以前の青山はどうだったのか?
意外や意外、実は「庶民の町」の風情色濃い住宅地だったそうです。
かの有名な表参道ヒルズ。そこは再開発される前は「同潤会アパート」という、
国策の集合住宅が立ち並んでおりました。
それ以前は木造の住宅地。
1923年の関東大震災で壊滅的な被害を被り、
その復興の過程で当時としては最先端のコンクリート集合住宅が整備されたそうです。
今回、イベントのメイン会場となる「ののあおやま」という複合施設も、
実はそうした集合住宅(都営アパート)の再開発跡地にできた空間です。
現在も、都営アパートは実はわりと青山に残っていますし(再開発予定ではあるが)、
ちょっと喧騒をさけた通りに入ると個人商店のお店も結構残っているそうです。
(残っている、という表現が実に失礼ではありますが。。)
今回のイベント出店は、そんな青山の土着的な地元のお祭りへの参加です。
いつもの商業的なイベントとは違って、
その土地の成り立ちとか、そこに関わる人たちのさまざまな思惑とか、
そうした普段の往来では垣間見えない、まちの面白さに触れる機会となっています。
面白いですね、まだひと月くらい先のハナシですが、
いまからとても楽しみにしている仕事の一つです。
「○○してもかまんですか?」
May I~のニュアンスの方言、「かまんですか?」
さいきん方言が口をついて出るようになり(当然といえば当然だけど)、
県外への出張時などにも、店に入るたびに「かまんですか?」を連発してします。
たいていの場合、店員さんに「?」な顔をされています。
170回目のコラム、よろしくお願いします。
以前どこかの回でも書いたような記憶があるのですが、
場所とか空間の状態を決めるのは、
建物や空間デザインなどではなくて、その場所をどんな人がどのように利用するか、である。
いまは無きひなのや松山店の、設計を手掛けてくださった仏生山の岡さんの言葉です。
人が発する影響力が一番デカいということ。
当時も「確かになぁ~」と頷いてた記憶がありますが、
最近改めてそのことを強く実感した出来事がありました。
去る7月17日に、合同会社CREWTAMBARAという会社が設立されまして、
その新会社の役員になりました。
まさか、新たに会社作ってそこの役員になるなんて。
まったく予想だにしなかった展開です。
予定外も予定外、そんな前兆も予見も期待もなかったなかで、
この半年くらいの間にバタバタバタッと周辺環境に変化が起きて、あれよあれよと新会社。
その起因は、人との出会い、この一点に尽きます。
空間に置き換えていうと、
自分の既成空間に、新しい人流が流れ込み、化学反応が起きて、
結果、自分も変わった。ということ。
あまりこういう対比をするのが適当かどうかわからないけど、
ひなのやという人(法人)も、
日々成長・変化を目指して毎日がんばっているけど、
なかなかそんな大きな変化って生まれてなくて、
それはたぶん、「ひなのやに関わる人の変化がない」からなんでしょうね。
至極わかりやすくいうと、社長が交代すればひなのやは変わる、だな笑。
新会社のCREWTAMBARAは役員7人で構成されていて、
僕自身もその一員として、やりたいことや目指す未来を志向して設立したので、
この大きな変化は当然の帰結なのですが、時々思い出したようにこの変化にびっくりもしています。
「おぉ、、変わる時は変わるもんだな」と。
CREWの役員、という新たなレールが敷かれたので、これからどんどこ進んでいきます。
車窓からどんな風景見えるんでしょうねー。
この新たなレールは既設のひなのやレールにどんな影響を与えていくんでしょうねー。
期待半分、怖さ半分、あんまり構えて考え過ぎないのがきっとうまくいくコツだと思う。
手元にある「事業計画」というルートマップで、
何年か先の未来は、本来ある程度は見えてるはずなんですしね。
とはいえ、
今回の「新たな人との出会いによる新会社設立」という大きくて急速な変化の渦中にいると、
ほんと未来はわからんもんだなぁとしみじみ感じるばかりです。
さあ、今年もお盆の連休ウィークに突入しましたね。
しかし、直前に発生した地震関連の事象やら、地元では仲間と作った新会社がイベント主催していたり、なのに自身は目下京都出張していたり(いま京都のビジホで書いています)、
とても目まぐるしいお盆ウィークのスタートを迎えております。
169回目のコラム、よろしくお願いします。
前回からの続きで、
7月に出店したジェイアール名古屋タカシマヤ催事出店について、です。
そんなこんなで初体験の大きな予算の催事出店だったのですが、
バイヤーさんや観光物産協会さんにもサポート頂きながら準備を進め、
商品、書類、現地で販売支援頂く人材派遣の方の手配、一週間滞在するビジネスホテルの手配、
何やかやバタバタしながらも一応、滞りなく準備段取りができたつもりでおりました。
そう、できたつもりでおりましたが、
結論から言うと、予算を達成するための「戦略」が完全に抜け落ちていたので、
(現地で3日目にそのことに気づく、、、。)
せっかくの一週間のチャレンジ期間を十分に満喫することができなかった、
という印象の催事参加でありました。
具体的な予算額についてはですね、
まぁある種の企業間秘密保持のようなニュアンスもあると思うのでここでは示しませんが、
何人かの関係者にヒアリングしても、なかなか高い設定の予算だったようで、
相応の販売戦略や体制を敷いていかないと、
なかなかどうして到底クリアできない予算額だったようです。
実際、予算に対して7割程度の実績しか作れませんでしたし、
(それでも結構がんばった方だよ、というお言葉も頂戴しましたが)
非常にフラストレーションの溜まった結果でありました。
単品商品を並べただけでは、様々なお客様のニーズには対応できない。
例えば、自家用か贈答用か、それだけでも求められる商品の形態は異なる。
そんなシンプルで簡単なお客様心理に配慮していただけでも、
結果はずいぶん違っていたんじゃないかと思います。
そう、よい結果を得るためには、
現場でいかにお客さまとよいコミュニケーションを図れるか。
よいコミュニケーションを図るために必要な商品の手配や、
環境の構築に心を配る。そこの配慮が足りてなかったなと反省しきりです。
さっきから、予算予算と数字のことばっかり言ってますが、
予算設定はあくまで売り手側の都合だけのハナシであって、
肝心かなめのお相手の気持ちをもっと事前に察して準備すべきでありました。
お客さまはよい品物を求めたいという欲求と抱くと同時に、
楽しい買い物の時間を過ごしたい、という希望を胸にご来店くださっているわけですもんね。
今回参加させて頂いた催事は、年一回開催で今年で11回目を数える恒例の催事でした。
毎回出店されているお店さんも少なくなかったようで、
毎年一度、四国の商店と会えることを楽しみにされているお客様も多かったです。
催事は、お客様との再会の場所でもあるということを認識できた機会でした。
名古屋の土地柄なのかどうかはよくわかりませんが、
一週間の会期中でも「また買いに来たよ!」というお客様もいらっしゃいました。
出店者冥利に尽きる出来事でありました。
ゆえに、毎回同じ商品をご提案するのでなく、
いろいろな商品構成、引き出しを準備しておいてから催事には出店すべきである、
と、そのように痛感した一週間でした。
この辺のことに3日目に気づいてからの残りの4日間は、
日に日に増していく疲労感も手伝ってなかなか心身共にハードな時間でありました。
最終日は5時閉場の撤収で、6時49分の新幹線が帰りつける最終電車なので、
猛烈な勢いで撤収作業にかかり、ほうほうの体で駅のホームにたどり着き、
「あぁ、何かお土産買わなきゃ」とキオスクで買い求めたのは「うなぎパイ」でした。
んんん?うなぎパイ?
と気づいた時には、時すでに遅し。新幹線がホームに滑り込んできました。
うなぎパイは、静岡のお土産じゃん。。。
なかなか大変な思いが続いた名古屋出張でありました。
来年も機会を頂けたなら、ぜひともリベンジ果たしたい。
「名古屋の催事で、一週間で○○○万円を売り上げるポン菓子店」
という話題になれたら面白いな、なんて功名心が芽生えた機会でありました。
名古屋の催事にお越しくださったお客様、
関係者のみなさまに(だいぶ時差投稿でありますが)、心よりの感謝を。
パリオリンピック、陸上競技も始まりましたね。
学生の頃に熱心に取り組んでいたので、
いまでも陸上とかマラソンは気になってついつい見てしまいます。
注目はやっぱり華があるサニブラウンと大迫選手かな。
168回目のコラム、よろしくお願いします。
去る7月10日から16日までの一週間、
ジェイアール名古屋タカシマヤにて開催された催事に出店しておりました。
「四国瀬戸内山陰味めぐり」今年で11回目を迎えたそうです。
催事は、主に県の観光物産協会さんのご紹介で出店することがあります。
年に1~2回程度でしょうか。どちらかといえばデパートやモールの催事はあまり出ない。
催事自体があんまり得意な販売チャネルではありません。
なので、今回みたいな一週間まるまる店頭に張り付くデパート催事は、
実は初めての取り組みなのでありました。
こういうこと言うと怒られちゃうやつかも?ですが、
デパートの催事は拘束時間が長いので大変なんです。
特に都会のデパートは閉店時間が遅い。今回は10時から夜の8時まで。
なんやかんや開店前準備とかで早めにいくから、まぁほぼ12時間のロングラン。
さらに大変なのは、予算規模の大きさ。
都会で人が多くて、営業時間も長い。
つまり「大きな売り上げ」が見込める、ということ。
事実、ジェイアール名古屋タカシマヤは日本でもトップ3に入る売上規模のデパートで、
嘘かホントかわかりませんが、例えばバレンタイン催事は40億売るとかなんとか。
そんなこんなで、「物量」をしっかり確保しないと一週間乗り切れない。
名古屋はまだ近いから運営しやすいんですよね。西条から荷物発送して翌日には届くから。
東京になると翌日着が怪しくなるので、結構リスクも大きくなります。
こういう物流のリードタイム問題は、四国の事業者ならではの悩み。
やっぱり、遠いんですよね。四国は。橋が通ってるとはいえ、やはり海を渡るのは大変なこと。
あと、品物を確保できた後にも大変なポイントが待ち受けています。
それは、販売不振だった時。
そう、あまりに売れなかったら準備してきた在庫どうすんねん問題が発生するのです。
特にウチみたいに初出店で、商材的にも,
デパート催事であんまり販売実績のない品目はなかなか数字が読みづらい。
たぶん、名古屋タカシマヤ的にも「ポン菓子」専門店の出店は初めてだったんじゃないかな。
そんなこんなで、行く前から「わー大変だーー」ポイントが山積してて、
そんなに大変なら行かなきゃいいじゃないかという意見もあると思いますが、
今回は出店させて頂くことにしたのです。
理由は大きく2つ。
その1 バイヤーさんからご指名を頂いて、さらに丹原まで来てくれたこと。
その2 「頼まれごとは試されごと」という変なエゴが発動してしまったこと。
今回の催事は結構いろんな意味でボリューミーだったので、
本稿でも2~3回に分けて書いていきたいと思います。
続きはまた来週。
7月も、はや月末になりました。
夏真っ盛り。連日の猛暑。167回目のコラム、よろしくお願いします。
前回、166回目を書いたのが6月8日。
ほぼ2カ月近く更新をサボってしまった。過去最長のブランク。
いやー、何度かは書きかけてたんですけどね、
途中まで書いて、
「うーん、微妙、イマイチ、くしゃくしゃポイ!」みたいなことを繰り返しておりました。
書きかけの原稿用紙がそこらじゅうに散乱していた(※イメージ)この2カ月弱のブランク。
今回は最後まで書ききりたい。担当編集者でも待機しててくれたらもう少し遅筆改善するかもしれない。
担当編集者、随時募集中です。
さて。
この2か月はまぁまぁ結構、しっかり働いてました。
特に6月下旬から7月中旬にかけては、気づけば一日も休んでなかった。びっくりです。
おかげで、先週は少し寝込んでしまいました。
近所のクリニックにお世話になって、久しぶりの点滴タイム。
病室の天井見上げながら、ボケーっと過ごした小一時間。
窓から入ってくる風がわりと心地よかったです。
一応、僕は会社の経営サイドの人間なので勤務形態とか勤務日数とか時間とか、
そういうところを制限とかサポートしてもらえない立場なので、
働きたければ無期限働き続けられるし、その逆もまた可能。
「働き方改革」とか言われるけれど、なんだか遠い世界の出来事のようにも聞こえます。
週休3日とかマジ意味わかんない。生産性は仕事量に必ずしも比例しないのはわかるけど、
ウチみたいな製造業はどうしても、イコール操業時間だから違和感しかない。
さてさて。
兎にも角にも、この一カ月はよく働きました。
おかげさまで、来月も忙しくなる予定。今週はちょっと小休止。
また来週からしっかり自己管理してがんばろう。
ということで、今回のコラムは全くテーマ性なし。
ブランク明けで今回は書く行為の練習から、ということでご容赦ください。
最後にもう少し書く練習を。
また来週のコラムででも書きたいと思っていますが、
7月10日から一週間、名古屋で催事出店しておりました。
個人的に名古屋はあんまりご縁のない土地で、
会社員してた頃にホント1~2回日帰り出張したかな、という程度の関わり合い。
今回の名古屋出張でおよそ20年振りに名古屋駅に降り立ち、
駅構内を歩いていてフト思い出したんです。
「あ、ここのコンコースで作家の林真理子さんの弟さんと待ち合わせしたわ」と。
当時、半導体メーカーの営業職に就いていた僕は、
同じ社内の設計課長の林さんとはじめて駅で待ち合わせして顧客訪問することになったんです。
お会いするの初めてだったので、スムーズに会えるかなーと不安に思いながら駅を歩いてたんですけど、
難なく「あ、あの人に違いない」と初見で確信し、お声がけさせて頂いた記憶があります。
その出来事の2年後に僕は退社し、その後の林課長がどうなったかは全然わかりませんが、
僕の名古屋の思い出は、駅のコンコースで待ち合わせた林課長を見つけた時の風景です。
6月になりました。
衣替え、小学校ではプール授業が始まる季節。
166回目のコラム、よろしくお願いします。
水無月の夏越しの祓する人は千歳の命伸ぶというなり。
(詠み人知らず)
年が明けてからの半年分の罪穢れを払い落として、
残りの半年を健やかに過ごせますようにという祈祷風習。
2024年も、はや半分過ぎました。
まだ半分残ってるという見方をかつてはわりと強めにしてましたけど、
実際はそうでもないよね。残り半分が減るのは早い早い。
本稿もね、半分くらいまで書くのがホントひと苦労でなかなか大変なんです。
(ここまだ二合目くらいかしらね汗)
ということで、166回目のコラムのテーマはこちら。
「なんとか動物が減れば、食べれるものが作れるようになる日が来る」
前回のコラムでも最後に少し触れましたが、
さいきん地元の仲間たちと耕作放棄地を耕しています。
丹原町の一番の山際の地域にある段々畑。
みな、仕事があるので朝早くに集まるのですが、朝5時とかだと結構な頻度で動物を見かけます。
いまのところよく見かけるのは鹿。10頭くらいの群れを見かけます。
集落の人のハナシだと、ほかにはイノシシとサルが出るみたい。
農業の世界では、いずれも「害獣」と呼ばれる動物です。
畑に植えた作物を食い荒らすやっかいな生き物たちです。
ぼくらは、耕作放棄地にひまわりを植えます。
が、当初からひまわりを目掛けて計画していたわけではなくて、
できることならお金になる農作物を作れたらいいなと最初は思っておりました。
(農地から経済が生まれれば耕作放棄地にはならんですからね)
ただ、実際的にそんな売れるような農産物を作るだけのノウハウも時間も
ぼくらは持ち合わせておりませんし、前述の獣害の懸念。
がんばって作っても食い散らかされては元も子もない。たまったもんじゃない。
(僕はまだそうした場面を経験したことないですが、本当に根こそぎ食べられちゃうらしい)
ということでひまわりに至ったわけです。
(菜種、という案も出たのですが菜種は(イノシシだっけ?)食べられちゃうらしい)
冒頭のテーマのパワーワードは、一緒に耕している仲間との会話からの引用です。
近所の農材スーパーに行くとですね、
レジの前の一番目立つところに見事なガンコレクションが並んでいます。
害獣向けのエアガンのラインナップです。
シティハンターみたいなやつから、ジェイソンステイサムがバリバリぶっ放してそうなやつまで、
実にいろいろな種類のエアガンが並んでいて、男の子的には思わず使う予定なくても
買いたくなっちゃうような充実の品ぞろえです。
最近読んだ本に載ってたワード。「リジェネラティヴ農業」。
環境再生可能な農業と訳すそうです。
有史以来、人類が熱心に取り組んできた農業は自然界を排除した「食料システム」の構築なんだそうです。
それに対して、リジェネラティブな農業は基本が「不耕起」でその土地にもともと根付いている
土壌生物やら虫やら動物やら、そうした生態系を壊すことなく営む農業のことらしい。
例えば、トウモロコシを作るとして。
人が自然を排除して構築した農場で単一栽培するトウモロコシは、
一度病害菌に襲われたら、あっという間に畑全体がダメになってしまうんだそうです。
他方で、耕さない多様な生態系が残っている畑には病害菌に対する耐性(というか受容性?)が
あるんだそうです。農薬とか化学肥料も投下しないしね。
だから、リジェネラティブが今後目指すべき方向だ、みたいに書いてました。
これ、たぶん読んだ本がだいぶん左寄りというか、プリミティヴな編集方針なんでしょうね。
あんまり根源的な思想に偏ってしまうと、本気で原罪(食べる罪)問われてしまいそうで、
そんなノリだと神社に行って100回くらい茅の輪くぐっても、
とてもじゃないけど半年分の罪穢れは払い落とせなさそうです。
さてさて、何の話だっけ、ちょっと散漫にあちこち話題が飛びましたが、
そう、耕作放棄地を耕しています!という話題でした。
今週はようやく耕し終わって、種をまくウィークでした。
個人的には朝の作業に行けなかった。
種をまいてからは、次は草管理が始まるのかな。
うまくいけばお盆の頃にはひまわりが咲いているハズ。
何かの絵本みたいに、
クマさんもキツネさんもサルさんもみんな仲良くひまわり眺めながら
おいしいドーナッツを食べましたとさ♪
みたいになれたら楽しそうですけどねー、笑。
おはようございます。
丹原本店で迎える土曜日の朝。
165回目のコラム。よろしくお願いします。
4月20日に開店したひなのや丹原本店。
そう、本稿で開店について触れるのは実は今回が初めて。
普通、オープン初日やその直後あたりにタイムリーに触れる話題ですよね。
ですので、当然何度かはタイムリーに書かねば!と思ってはいたんです。
いたのですが、テーマが新店のオープン、ましてや本店のオープンですからね、
「ちょっとええこと書かんとイカンぞ、おい。」
という持前のええかっこしい性分が発動しておりました関係で、
今の今まで先送りしてしまいました。
ということで、おかげさまで丹原本店、無事開店しております。
(開店して、ひと月強経過しました。)
丹原本店には、実は愛称があります。愛称というか正式名称?
正式名称「 ひなのや 丹原本店|耕 」
(ひなのや たんばらほんてん たがやす と読みます。)
ロゴマークはこちら。画像2枚目ご参照ください。
一見、普通に丹原本店だけでええやん、と思われる方もいると思います。
実際、ぼく自身そう思ったことも全然あります。
でも、
「何のために丹原で店を再開させたのか」
「丹原の地からどんなメッセージを届けていきたいのか」
そんなことをよくよくよくよく考えていくほどに、
ただ、「本店」と銘打つだけではいけない、ちゃんと伝える名づけをしないといけないな、
と思うようになり、いつも伴走してくれているデザイナーチームや、
今回の改修工事で関わってくれた建築家チームと一緒に頭をうんうん悩ませました。
そしてたどり着いた言葉が「耕」(たがやす)です。
ひなのやは僕が田んぼを耕してお米を作り始めたことがきっかけで生まれました。
ポン菓子はこの地においては、婚礼引菓子として土地に根付いている側面もあり、
また、ウチのやりかたというか事業の進め方、成長スピードなんかも、
まさに土地を耕しながら少しずつ根付き、大きく成長していくような、
そんな生き様(などというと大げさですがww)を一言で表しているような言葉として、
「耕」と銘打ちました。
願わくば、ひなのやに関わる人たちが、それぞれの人生を耕していくことの
一助になったり、何かのきっかけになれたらいいな、そんな淡い希望も込めての「耕」でもあります。
こんな話を友人にしていたら、「耕」に関する面白いコラムを紹介してくれました。
「耕すことの本質とは?」と題された農業関係の書籍に掲載されたコラムです。
一部抜粋してご紹介します。
—
通常、耕すことで得られる効果といえば土を撹拌して空気を入れることで、
土中の養分が放出されること。あと、程よく土をほぐすことで植物の根はりをよくすること。
だいたいこの辺りのことは通常広く認識されているところ。
ここで、ちょっと別の視点で「耕す」ことを捉えてみます。
まず、「耕さない状態」を想像してみてください。あくまで自然な状態。
人の手が入らないと草が生えて木が生えて物理的にも化学的にも生物的にも安定した状態が保たれます。
平和的、と表現してもいいかもしれません。
では次に「耕したとき」のことを想像してください。
物理的にも化学的にも生物的にも安定した状態を、一気に混ぜて壊す。
文字通りの天変地異を引き起こして、そこにあった平和は消え去り、
まさに土の中はまさに混沌。
それまで、そこにあった常識は消え去り、固定観念も消え去り、世界が変わります。
—
えーっとですね、
ひなのや丹原本店|耕、決して丹原の平和を乱したいとか、
天変地異を引き起こして混沌をもたらしたい、というわけではございません。
(くれぐれも誤解されませぬよう)
ただ、「世界が変わる」というワードには惹きつけられるところがある。
総じて、田舎は変化がすくない。
かつてはそれが嫌だった。いまはさほどでもない。
でも、この町の現在を観察し未来を想像するときに、
この町らしい新陳代謝は絶対必要。そこは強くそう思う。
さてさて、耕(たがやす)という言葉を冠に掲げたひなのや丹原本店。
これからどんな風に耕していけるかな。ちょっとわくわくしています。
みなさんと一緒に、耕しの営みを楽しんでいけたらいいなと思います。
そういや、最近早起きして、耕作放棄地耕したりもしてるんですよね。
やたらと楽しそうな顔してて、わりと我ながらウケました。
ゴールデンウィーク明け、初日の夕方。
おつかれさまです、在宅でコラムしたためております。
約一カ月ぶり。164回目、よろしくお願いいたします。
さて。
この一カ月の間にいろいろなイベントが起こっていますので、
書くネタには本当はぜんぜん困っていないハズなのですが、
目下、いま書きたいことと言えば、
兎にも角にも、
「髪を切りに行きたい」
という私的欲求について、です。
調べてみたら前回行ったのは3月13日。
もう二か月近く経っている。
そりゃ髪も伸びる。目にかかってわさわさ気になる。
仕方がないから2週間ほど前から真ん中分けで凌いでいるけど、
そしたら今度は分け目の生え際の白髪が気になる気になる、落ち着かない。
いまお世話になっている美容室は松山市にあるのです。
車で60分かかる。近くはない。遠いといえば遠い、が、
いま伸びすぎている原因は、その距離感にあらず。
ただ単に、予約を入れずに毎日だらだらと仕事を続けているのがその原因。
メリ!とハリ!はやっぱり大切。
いくら仕事で大きなイベントがあったとか、
GW前でカツカツに忙しくて汲汲としてたとか、
それはそれとして、やはりメリとハリです。
Googleに「メリハリがないとどうなる?」と入力してみました。
結果、「髪が伸びすぎます」とは出てこなかったです、はい、残念ながら。
出てきた答えはもっと深刻でした。
「メリハリがない生活を続けていると、なんとなく一日が終わってしまいます。
達成感を得られず疲労やストレスも溜まりやすくなるため充実した日々を過ごせなくなります」
だ、そうです。
おおお、、、「なんとなく一日が終わってしまいます」。まずい、マズイぞこれは。
つい先日、いわゆるお誕生日を迎えて名実ともに人生も後半戦に突入したばかり。
いやー、身に沁みますね、この検索結果。
とりあえず、予約だ。美容院を予約しよう。それだけで、メリゲット。
そのあと、ハリがやってくるハズ。
がんばろう、おれ。予約してメリハリをゲットしよう!