おはようございます。
11月26日(日)、西条はキリっと冷え込む冬の朝です。
154回目の小咄です。よろしくお願いします。
本日は、11月26日、語呂合わせで「いいふろ」の日。
近所にある東予温泉は、今日だけ大人750→500円、子どもは200円のサービスデイのようです。
日曜早朝から温泉でゆっくりとか、すばらしいですね。
温泉の熱をもらってカラダを芯からあたためて、汗も流して老廃物とか排出して、
温泉大国日本に生まれてよかったなぁと実感する瞬間です。
とはいえ、温泉によく行くようになったのは40歳頃からで、
月並みなハナシですけど、経年変化というやつですね。趣味嗜好の変化。
昔はうどんばっかだったけど、蕎麦も美味しくなったお年頃。
日々、弊壬生川店でお客さんの動向を見ていて気付いたことがあるんですが、
4~5年前に比べて「ポン菓子の加工サービス」を利用するお客さんが減ったような気がするんですよね。
「気がする」のなら単に売上分析すればいいハナシで、そう、実際減ってるんですけど、
問題はその原因がなんなのか、ということ。
コレ、推測の域を出てないしまぁまぁ不謹慎な推測かもなのですが、
「ポン菓子の加工サービス」を知ってる世代の方がいよいよ亡くなり始めたり、
クルマの免許を返納したとかで来店することができなくなった、のが原因ではないかと思うのです。
前出のような「趣味嗜好の変化」でポン菓子利用が減ることは考えにくいですからね。
こういっちゃなんですが、ポン菓子って若いころはよく食べたとか年取ってから好きになったとか、
それはあんまりナイと思うんですよね。食べる人は食べるけど食べない人は全く食べない、
いや、もう少し正確に言うと、食べる機会がある人は食べるけど、
その機会がない人はそもそもの選択の俎上にポン菓子がないんだと思っています。
だから、「自宅のお米をポン菓子屋に持って行って膨らませてもらう」という行為が、
その人がそれまでの人生で出会ったことがあるかどうか、がポイントなんだろなと。
たぶんね、いま75歳前後の人がぎりぎりポン菓子加工世代なんだと思います。
なので、つーまーりー、
このままボケっとしてたら「ポン菓子加工サービス」はたぶん消滅するやつですね。
ポン菓子加工サービスって11月に入った頃が一年で一番ニーズが高まる商品なんです。
その理由は、「新米が出てきたから去年の残った古いお米をポン菓子にでもしてやるか」という
心理が働くから。主に農家さんの食卓で発生する季節需要なんですよね。
ゆえに、そもそも農家さん自体の軒数も減ってきているから余計に減ってるんでしょうね。
自宅のお米と砂糖をポン菓子屋に持っていったら、
大きな袋にいーっぱいのポン菓子になって帰ってくるんだよ^^
おうちでも食べるけど、ご近所さんとか友達に配ってもとても喜ばれるんだよっ
というささやかながらも心温まるおやつの処方箋を、
いまいちどしっかりお伝えしないといけない時代に、いよいよ突入したな!と
実感している2023初冬。さいきん俄かに耕作放棄地のことや農業の担い手についても
気になり始めているので、何かと相関的にやれることはまだまだたくさんあるよね、うんうん。
おはようございます。
11月19日(日)、みなさんはどんな日曜の朝をお迎えでしょうか。
153回目の小咄です。よろしくお願いします。
昨日までの荒天とは打って変わって、今朝は晴れています。
全国的に冷え込んだ週末、愛媛県も山間部は雪がつもったようです。
つい先日まで、「暑い暑い」とTシャツで過ごしていたハズなのに、
もうすっかり冬の装いとなりました。
ホントにあれですね、春秋がなくなって夏と冬の二季になりつつあるのでしょうか。
地球温暖化なんて言ってたのも、もはや温暖化どころでなく、
「地球沸騰時代だ!」なんて言うメディアもあるくらいですからね。
先日、徳島まで出かけてESG経営についてのセミナーを受けてきました。
Environment Social Governance
持続可能な世界の実現のために企業の長期的成長のために、
環境・社会・ガバナンスに配慮した経営をしましょう、
ということでまぁ大事なことだなと思います。
非常に簡単にいうと、
今までみたいに、イケイケどんどん成長拡大、24時間働けますか?大量生産大量消費!
というノリではだめですよ、ということ。たぶん。(我ながら解釈がザツい)
あと、別のちょっとしたセミナーのような集まりで話題に出たのが、
Ⅾ✕経営。Ⅾ✕しないともう立ち行かなくなりますよ!みたいな話がありました。
ディーエックス。デジタルトランスフォーメーション。
何なんでしょうね、ほんと次から次へと横文字経営の時代になっちゃったみたいで
まぁまぁやれやれなんですけど!と一応グチは吐いてみる。
これは、何となくデジタルツールやシステムを経営に導入しましょう~
みたいな話かと思ってたんですけど、それらの導入は手段にすぎずということらしく、
本質的には、「働き手」も「お客さん」もいなくなる時代(人口減少)がもう目前まできてんだから、
商品やサービスの内容もだし、そもそもの作り方やら届け方やら、
もろもろ全てをトランスフォームしないと立ち行かなくなりますよ~、
その手段にはデジタル化が有効なんですよ~、という官民挙げての取組みなんだそうです。
「ポン菓子屋がトランスフォームしました」
とりあえず文章にしてみましたが、案の定わけがわからないですね。
コンボイがトランスフォームしてロボットに変形した画しかでてこない。
(わかる人がわかってくれたらいいなと思う。)
今回の小咄は書いてる自分もちょっともうよくわかんなくなってきたので、
そろそろペンを置きますが、たぶんこれは年末繁忙突入してるのに、
色々セミナーとか参加しちゃったもんだから、
ちょっと仕事の優先順位とか遠近感がバカになっちゃったんでしょうね。
兎にも角にも、風邪とか引かずに何とかこの繁忙期をこなしきろう。
(今年も例年通り年末繁忙がやってきてよかったです)
おはようございます。
11月4日(土)、西条は快晴の朝です。
みなさんはどんな土曜日の朝をお迎えでしょうか。
152回目の小咄です。よろしくお願いします。
さて、今朝も栗を焼いております。いつも通りの壬生川駅前店頭。
黙々と栗焼き作業を行っております。
予定では本日は今季の焼き栗最終日だったのですが、
追加のご要望が多く、急遽一週延長することになりました。
昨日は、「民藝さんぽ」という蚤の市イベントに出店してました。
愛媛民藝館という四国で唯一とも言われる民藝館がわが街西条にはありまして、
そこで年に数回、市民のみなさんにより親しんでもらおうという趣旨で開催されるイベントです。
民藝館の蚤の市ですから、もちろんメインは掘り出し物の民藝品。
いかにも一家言ありそうなお客さまが早くから来られていて、
10時の開場時には我先に(は言い過ぎですね)目当ての品を買い求める人波で賑わっていました。
11月3日の文化の日に、民藝館で民藝品の蚤の市、文化的で素敵な時間でありました。
先ほど、四国で唯一の民藝館と書き記しましたが、
なぜそんなものが西条市にあるのかというと、
日本の民藝運動草創期にパトロンとして尽力された大原孫三郎氏が設立した倉敷紡績(現クラレ)の工場が西条にあり、
その関係で地縁ができ、愛媛民藝館設立に至ったと聞いております。
開館が1967年ということですので、もうずいぶん昔からあったわけですね。
実のところ、ぼくが西条に民藝館があると知ったのは7~8年くらい前でしょうか。
30手前でUターンした時点ではまだその存在を知りませんでした。お恥ずかしい限り。
まぁ、なかなかね、若いころに民藝に興味があって、、、という人はあんまり多くないと
思いますし、実際、民藝館の隣にある県立西条高校の生徒さんたちも、
在学中に訪れたことがあるのは1%程度の人数でしかないというアンケート結果もあったそうです。
まぁ、基本的に民藝って地味ですものね。
普段の暮らしの中で見出す用の美、みたいなわりと内省的なノリとでもいいますか。
若い世代の拡張的マインドとはちょっと合いにくいかなと思います。
その甲斐あって、来館者数とか実はあんまり芳しくない時代が長く続いていたようで、
追い打ちをかけるように建物の経年劣化もどんどん進み、ちょっとこれ何とかせんといかんよね、
という事で、今回の「民藝さんぽ」のような市民に気軽に民藝に触れてもらえる企画が行われるようになりました。
民藝とは畑が違いますが、
実は西条市には立派なモダニズム建築の体育館もありました。
民藝館開館と同時期の1960年代に建てられた体育館。
設計は坂倉準三。
帝国ホテルとか国立西洋美術館の設計で有名なフランスの建築家、
ル・コルビジェに師事した日本のモダニズム建築の大家です。
コンクリートで作られるモダニズム建築はその特性上、
どうしても築40~50年で傷みが進みますし、
使い勝手や快適性も実はそんなによくないという側面もあり、
そんなこんなで西条市にあったモダニズム体育館(通称鷹丸体育館)は
2000年頃には閉鎖され、2010年頃に解体と相成りました。
地域の情勢だったり時代の変遷だったり、様々な変化要因は常にありますし、
必ずしも次代に繋がり続けることこそが唯一の正解とは考えませんが、
せっかく先人が努力して作り上げた文化的地域資源ですからね、
「知らないままに」消えてなくなってしまうのは、やっぱり勿体のないことだと思います。
コロナ禍を乗り越えて、通常開催できた「民藝さんぽ」。
今後もね、続けていけたらいいなと思う地元の素敵な催しでした。
文化の日だったので、今回はガラにもなく文化的なことを少し書いてみました。
ほとんど全て、地元のおいやんに訊いたりウィキペディアで調べたレベルの見識ですので、
事実誤認やらご質問などは仮にあってもお受けできませんのであしからず。
(文化的素養って、ないよりは絶対にあった方がいいやつだなぁと痛感する40代。キビシー!)
こんにちは。
10月28日(土)、本日も快晴。151回目の小咄です。よろしくお願いします。
今朝も栗を焼いていました。今日は午前中バタバタしていて小咄を書けず。
午後になってようやく落ち着き、いまPCを開いたところです。
13:52、ぼんやり眠くなる昼下がり。
さて、
今週は久しぶりに講演会へ。
お題目は「中小企業にこそブランディングは必要だ」
講師は中川政七商店会長。
中川政七商店と言えばウチにとっては恩人のような会社です。
創業間もない頃、ひなのやのポン菓子を見つけて採用してくださり、
その後の政七商店の成長拡大とともに、ひなのやも成長していきました。
まだ政七商店が3店舗くらいかな、しかなかった頃の出会いです。
今はね、残念ながら取引がなくなってしまってますが、
いまに繋がる数多くの出会いやご縁を頂きました。
そんな恩人のような会社さんなのに、
実はわたくし、まだ会長に会ったことがなかったのです。
何度かね、ご挨拶できそうなタイミングがなかったでもないのですが、
「いえいえ、わたくしなんぞ社長のお目にかかるようなものでもございません!」
とか「社長のお手間を取らせるなんてとんでもございません!」みたいな小市民卑屈根性を
遺憾なく発揮していたために、かれこれ8年程お取引頂いてたのに合わずじまい。
そして今週。講演会終了後、名刺交換の列に並び「はじめまして、ひなのやです」となり、
そりゃ会長もびっくりというか、困惑もしますわな。取引なくなってるから尚更にだよね。
たぶんね、もう少しまともな出会い方はあっただろうなと思います。
大いに反省。大いに残念。
ということで「会いたいな!」と思った人には、遠慮せずに会いに行こう。
さっそく来月は徳島へ行くことにしました。ESG経営についての講演会。
※ESGとは
目先の利益や評価だけでなく、環境や社会への配慮、健全な管理体制の構築等によって
持続可能な発展を目指す経営。Environment Social Governance頭文字をとってESG.
これも今回の講演会に参加したからできたご縁。
誘ってくれたムラカミ社長に感謝!ありがとうございました^^
おはようございます。
10月21日(土)、快晴の朝。150回目の小咄です。よろしくお願いします。
ということで、通算150回目となりました。
書き始めて3年。感慨のようなものを感じないでもないですけど、
言ってもまだ3年、まだまだ序の口ですね。
さて、
今月に入ってから、我がまち西条はお祭り一色に包まれておりました。
同じ市内でも地域によって氏神様が異なるので開催時期に多少のズレがありますが、
だいたい10月第一週から始まって、10月18日かな、くらいまでには全日程が終了します。
今年はコロナ禍が明けて、4年ぶり?の通常開催だったので、
各地、大いに盛り上がっていたようです。
数日前に、クリーンセンターにゴミ捨てにいったら、
前に並んでる軽トラックの荷台にアルコールの空き缶が山盛り詰まれていて、
いや、実に本当にマンガみたいに山盛りにもりもりに積まれていて、
どこの自治会か知らないけど「わ~、盛り上がったんだなぁ。。。」と目を丸くしましたね。
地方の小さな地域単位のお祭りは、
その地域に住んでいる人が代々脈々と守り続けているから毎年開催されるわけで、
当然ながらその地域の住民が減っていくと、お祭りも次第と縮小、消滅していきます。
先日の愛媛新聞紙面に「ある山間部の集落では今年ついにお神輿を出すこともできなかった」
という記事が掲載されていました。ここ10年程の間に、お神輿のかき夫が揃わない都合で軽トラックの
荷台にお神輿を乗せて集落を回る光景がずいぶんと増えましたが、
それすら出来かねる、出来なかった、という内容の記事でした。
個人が職業や住む町を自由に選択できるようになってから、
(ざっと半世紀くらい前からかな?)
日本中が「人口が増える街」と「そうでない町」に色分けされるようになり、
それに応じてお祭りが維持できる街とそうでないまち、に分かれるようになりました。
自分自身も、親のおかげもあっていままで自由にやってきています。
高校からは実家を離れていましたし、
30歳手前で結果的に地元に帰って起業して自営してますが、
これはホントたまたまなことで、場合によっては、
いまでも県外で会社員をしていた可能性だって大いにあったよな、
と思っています。
個々人が、自分の能力を遺憾なく発揮できて自由に人生を送っていけることは
大変素晴らしいことですし、今後もそうあるべきだと思っています。
ただ、地域の小さなお祭りについて考えるときには、
そこに住み続ける住民が土着的にムラ社会の習わしに従い、
ある意味では伝統や風習に縛られ負担を強いられながらも連綿と繋いできたからこそ、
祭りがその土地ならではの文化となり、
結果、個人にとってもまちへの愛着の源泉であったり、
個人のアイデンティティが宿る大樹のような存在になっているのだと感じています。
逆の言い方をすれば、個々人がその活動に専心するばかりでは、
「土地の文化」はなかなか発生も醸成もされにくいのかも知れません。
お店という単位でもそうですよね。
一店舗だけでは「商店街」にはなりえませんし、地域としての魅力向上に資するには少々ボリューム不足。
ひなのやとしても、
いまの時代これからの時代に即した「商店街」のような単店の重なり合い、
といった状態を模索していく頃合いかな、と感じています。
小咄150回目を記念しての、小さな小さな宣言にも似た、
今後への想いを記してみました。
おはようございます。
今日は曇り空の朝。午後からは下り坂の模様です。
10月14日(土)149回目の小咄です。よろしくお願いします。
さてさて、来週で150回になりますね。
遡ると昨年の9月9日に100回記念やってるので、
この一年は何回か更新をサボっている計算になります。
毎週必ず定時更新できればそれは理想的ですけどね、
まぁ、そこそこそれなりにですけど、毎週書いてるので良しとしましょう。
そもそも「何のために書いているのか?」みたいな自問自答は常日頃ありますが、
記念すべき第一回に、
「特に意味はない。意味はないけど、
続けていくなかで書き手読み手が何らかの意味を見いだせたら幸せだよね」
と記しておりますので、とりあえず続けておる次第です。
季節は進み、風景はもうすっかり秋になりました。
石鎚山の山頂は紅葉が見頃を迎えているようです。
巷も、2~3週のうちには葉が染まっていくものと思われます。
思えば、わりと秋は始まりの季節のような気がします。
ポン菓子屋になる前は、有機栽培米の栽培や販売に取り組んでいたので、
秋になると「さぁ、仕事本番だ!」みたいな感覚でしたし、
その流れで、新米でにぎったおむすびを石鎚山のてっぺんで100人で食べてみよう!
みたいな登山イベントやってたりもしましたね、なんとも懐かしい思い出です。
あれから15年も経ちまして、おかげさまで数年前からは四十肩になり、
去年は初マラソン途中棄権と相成り、喫緊は少々老眼の気を感じ始めております。
くぅ~~~、がんばれ、オレ!抗え、持ち前の(?)反骨心を奮い立たせろ!
みたいな徒手空拳呟いてはみるものの、まぁホントに実に徒手空拳でして。
世の中には「エアギター選手権」なる実際には弾けもしないのに
さも弾いているかのようなサマを競う競技もあるそうで、
だから徒手空拳には徒手空拳なりの哲学もありそうだよね、
と自分自身を慰めてみたりしています。
まぁ、心身が歳相応になっていくのはそれはそれで自然なことなので
実際そこまで気負ってないですが、デブにはなりたくないのでそれなりに運動はしないとね。
(先日、ランニングシューズを新調しました。2足目のホカオネオネ。)
ただアレですね、こうして何らか書いていると頭の中の整理になるみたいで、
「抗え!とか、反骨心!」というワードを書いていて、
そういえばひなのやの基本コンセプトのひとつに「アンチテーゼ」ってあったよなって思い出しました。
「ポン菓子屋なのに、〇〇だ」
「いなかの小さな店なのに、〇〇だ」みたいな、
固定観念や既成概念をひっくり返してやりたいぜ!みたいな気持ちが創業の原動力でしたよね。
そうですね、そうだったハズ。
おかげさまで長く事業を続けてこれた中で、
やれることやできたこと、逆にやれないことやできなかったことが経験的にわかってきて、
それはそれでもちろん実際的に役立つこと多々あるんですけど、
「わかった風な顔をして」何事も無難にこなしていくような姿勢には落ち着きたくないなぁ。
最後に無理繰り時事ネタ差し込みますけど、将棋の藤井さん。
リスクを恐れることが最大のリスクだって何かのインタビューに書いてました。
リスクを恐れない戦略と、それを下支えする構想力。。。
ん~~、、、、来週は小咄150回です。今週もありがとうございました!
おはようございます。
10月7日(土)、148回目の小咄です。よろしくお願いします。
先週はサボってしまったので2週間ぶりの小咄ですね。
朝夕すっかり涼しくなって、長袖を着るようになりました。
本格的な秋の訪れ、バタバタっと仕事も忙しくなってきて先週は書く時間とれませんでした。
パパっと片手間に書ければいいんですけどね。何年経っても落ち着いて腰を据えないと書けない感じ。
さて、今週も土曜の朝は壬生川店頭で栗を焼いています。
黙々と黙々と。朝早いので人通りもないし、もちろんスタッフも誰も出社してないし。
ひとり作業、淡々とはかどります。ゆえに今週は小咄も書けています。
などと思っていたら、
ふと通りすがりの人が栗を焼くポン菓子機の前で立ち止まる。
聞けば、親戚の法事で東京からの深夜バスを降りたところだそう。
他の親戚も県外からこちらに向かってて、駅前での待ち合わせまであと90分。
駅前通りをぐるっと見渡したけれど開いてる店が一軒もなくて、
唯一動きがあったのが、ウチの焼き栗ポンだけだったようです。
10分程度の立ち話。
その間、栗を一度焼き上げてそれを見てもらう。
思いがけず栗ポンの実演見学となって喜んでくれた模様。
僕もひとりで少し退屈してたのでいいリフレッシュになりました。
その方曰く、壬生川には親戚がいてたまに法事で来るぐらい。
ほとんど壬生川のこと知らないんだけど、その親戚からウチのポン菓子が送られてきたり、
また普段暮らす東京の街並みの中でウチの商品を見かけてくれたりしているそうで、
わりと馴染みなんですよね、みたいな話をしてくれました。
ほんと偶然の、些細な10分間のできごと。
でもそのできごとに至るまでにそれぞれの人生において
色々な出来事があり、実にさまざまな選択を重ねていくなかでウチのポン菓子を知ってくださり、
そして今朝、たまたまバスを降りたところで栗を焼く僕と出会ったわけで。
などという想像を巡らせると、この些細な出会いすら結構ミラクルなことで、
何というか、とてもありがたいなと感じた出来事でした。
秋の空が抜けるように高いせいでしょうね、いつもより少し想像が飛躍したかな。
この週末は、壬生川地区は秋祭り。早くから太鼓の音が聞こえています。
9月24日(日)、浅草は快晴の朝です。
おはようございます、147回目の小咄です。よろしくお願いします。
浅草に来ています。2回目の紙博出店。
現在、朝6:44。
7時過ぎには歩いて15分くらいのところにある会場へ向けて出発です。
紙博の朝は早い。開場が9時なので、普通のデパート催事などと比べても1時間はやく、
さらに7時過ぎには開場を待ちわびるお客さまが既に並んで待っているので、
開場が早まることもしばしば。(実際、昨日の初日も20分程度早まりました)
会場は「台東館(たいとうかん)」という都立の中規模展示場。
8階建てのビルで各階がだいたい50×50メートルくらいのがらーんとした空間になっています。
そこの4階から6階の3フロアを使って開催されます。
今回もお隣さんは、仙台から来られている「カフェMUGI」さん。
マフィンが美味しい、焼菓子が入った巾着や缶がかわいい。
スタッフさんもみんな気さくでフレンドリー。
オープン前に設営しながら再会を喜び合うも、ゆっくりお話する間もなく8:20に開場。
そこからはお互いにお店の運営でてんやわんやの大騒ぎ。
途切れない人の波に、「東京って人が多いなぁ」としみじみ再実感。
こんなにフロア一杯に人が入って建物崩落しないのかしらと毎回不安になるくらいです。
そんな風に人の多さに感心しながらも、
今回もやはり感じたのは出店者さんとお客さまとの誠実な関係性です。
自分たちが、かわいい、素敵、と思うものを真摯に作り、届けに来ている出店者。
自分たちがこよなく愛する出店者さんと品物に、会いにきているお客さま。
いわゆる「売り手と買い手」の関係性とはちょっと違うんですよね、紙博は。
なんというか、お客さまもぼくらもひとつの同じ「チーム」のような感じがします。
お互いが自分自身のモノや人を「好き」と思うな気持ちに素直に向き合って、
その好きと思う気持ちを大切に確認しあう時間のような感覚です。
だから、わりと自分自身の根源的なところに向き合う時間になるというか、
「なんで好きなんだろう」「どうして好きなんだろう」みたいな思考がぐるぐる回ります。
普段の経済活動の中でさらされる現実的なノイズに感化されると、
わりと忘れがちな大切なこと。
誠実であること。
自分にも、相手にも誠実であること。
今朝も、朝の気持ちのいい隅田川沿いを歩きながらそんなことを考えます。
9月16日(土)、壬生川は快晴の朝です。
おはようございます、146回目の小咄です。よろしくお願いします。
今回はさいきんの出来事をつれづれと。
①先週の日曜日は、「ふりむけば壬生川・朝市場」というイベントに出店しておりました。
壬生川界隈の個人商店を中心に15軒くらいでしょうか、駅前広場にテント張って朝8時からの朝市場。
むかし30年くらい前まで「日曜市」と呼ばれるイベントが開催されててよく親に連れられて行ってました。
30年も経つとだいぶ街も様変わりしてていろいろ思うところはありますけれど、
普段暮らす街並みでマルシェイベントやるのはいいなと思いました。街のメリハリ。
②取材を受けました。中央の方だったんですが、
「愛媛にいく用事ができたのでちょっと取材に立ち寄らせてもらえませんか?」とのオファー。
快諾してその日を迎えたのですが、わりと時間なかったみたいでドタバタっと立ち寄られていきました。
カメラマンさんやライターさん含めた4~5人のチーム編成。テキパキ仕事をやりなれているプロのみなさんでした。
まぁ本格的に取材頂くこと自体は全然構わないんですけどね、
その取材意図やどんな媒体に掲載されるのか、どんな編集方針なのか、くらいは事前に報せてほしかったかな。
元々そっちで一方的に決められた編集方針にはめ込まれる取材ってまぁまぁしんどいです。
全然地方創生じゃない、そんなのただの従来型の地方開発じゃん。って思いました。
③四国でとある商業施設が開発される案件があり、
ありがたいことに引き合いを頂きました。
事業主は四国の事業者さんですが中央のディベロッパーや専門家の方とチームを組んでお仕事されています。
何度も顔を合わせて会話を重ねていく中で、僕自身も新たに発見したり再認識できる四国の側面があり、
とても楽しくご一緒させて頂いています。場合によっては良し悪しもありますが、
やはり思いが互いに巡りあうお仕事はいいですね。
④来週は浅草再訪。
9月23日~24日に浅草で開催される手紙社「紙博」に出店します。
2023年は非常に浅草づいてます。今年3回目の浅草でのお仕事。
亀十のどらやきとか買いたいけど、観光客やばそうだもんね。ぜったい買えない。
人形町の板倉屋さんとかどうだろう、やっぱ買えないかな、うーん。
小1の息子はあんこが嫌いなので、重盛のカステラ焼き(あんなし)の一択。
9月9日土曜日、救急の日。145回目の小咄よろしくお願いします。
ということで、今日は早朝から今季初の栗を焼いております。
例年人気のポン菓子機で圧力をかけながら焼く栗。
巷では「栗の美味い店」などと揶揄されてしまうほどの人気商品です。
5時起床、6時から店の前でセッティング。
7時から焼き始めて、いま9時を過ぎた頃です。
この後、2時間くらい焼き続けて今日の栗焼き作業はおしまいの予定。
今朝は、頭痛の朝でした。そんな頻繁ではないですけどたまにある。
そんな時はまず熱いシャワーをギャーっと浴びて体温上げます。
そして、野菜ジュースにヨーグルト混ぜてオーロラソースみたいの状態にして
一気に飲み干す。(子どもにはいつもきもっ!て言われる)
そしてロキソニンを一粒飲む。
この一連の作業でだいたい一時間以内には頭痛解消。
ということで目下、普通の体調で黙々と栗を焼いております。
早朝から黙々と作業をしていたら、案の定おなかが空いてきました。
やはり早起きしてごーごー仕事をするとおなかが空きます。健康的。
近所に立ち食いそば屋でもあれば、作業の合間にズズっとすすりたいなと思う。
この小咄でも過去に書いたことがあると思いますが、
ぼくが子どもの頃は、この壬生川駅前通りでほぼ毎週のように「日曜市」が行われていて、
広い駅前通りが歩行者天国になって露店が立ち並んでいました。
立ち食いそば屋の出店はその当時もなかったでしょうけど、
何らか食べ物屋さんは出てたんじゃないかな。
なんて書いていたらますますおなかが空いてきたので、
一旦作業を止めてコンビニへ行ってきます。
日曜市かー、懐かしいな~。
さっきから頭の中で懐かしいメロディーが流れています。
東予市音頭だっけ?わかんないけど。地方によくあるご当地音頭ソング。
「とんとん東予市、よいところぉ~♪よいとぉこぉろぉぉ~~~♪♪」